先日、歴オタ達の会話の中で、こんなことがありました!
歴オタ
真田丸で秀吉が瓜売りに扮した回、覚えてる?
あの『瓜畑遊び』って本当にあったと思う?
えっ?『やつしくらべじゃなく?』
ヨシ
歴オタ
瓜畑でやった『やつしくらべ』だから、『瓜畑遊び』って言うんだって。
へー、そうなんだ?
ヨシ
歴女
瓜畑遊び?やつしくらべ?
何それ?
・・・。
歴オタ
っという事で今回は!
真田丸で秀吉が瓜売りに扮した『瓜畑遊び』って何?本当にあったの?なんてお話。
豊臣秀吉の意外な魅力に、触れてみたいと思います!
そもそも瓜畑遊びって何?
「瓜畑遊び」とは、冒頭にも出てきましたが、昔風に言ったら「やつしくらべ」のこと。
「身をやつす競争」という意味なので、「変装大賞」とか「仮装大会」?
もっと今風に言っちゃえば、「仮装してやる即興コント」みたいになるでしょうか?
何千人も部下をもつ超コワモテの戦国武将たちが、ヒョットコやらどじょうすくいのような格好をして、吉本新喜劇のようなコントをするのですから…
これは当時としては、かなり笑える催し物だったのではないでしょうか?
ではでは、そんな瓜畑遊び!
実際にあった史実なのでしょうか?
瓜畑遊びって本当にあったの?
『瓜畑遊び』は、儒学者の小瀬甫庵が書いた『太閤記』、また『絵本太閤記』などで、秀吉の朝鮮出兵時の肥前名護屋城に滞陣中のエピソードとして紹介されています。
『太閤記』も『絵本太閤記』も虚飾が多く、史料としては信憑性があまり高くないとされてはいるのですが…
名護屋城滞陣中に、舟遊びや茶会など他にも様々な催し物が開催されている点。
即興コントのセットや配役、セリフなど、めちゃくちゃ細かい点まで描写されている点などから。
瓜畑遊びについては、実際にあった史実の可能性が高いのでは?なんて言われています。
ではでは、そんな瓜畑遊びって、ドコでどんな風に開催されたんでしょう?
開催場所はどこ?コントのセットや配役は?
開催された場所は、肥前名護屋城(佐賀県唐津市)近くの瓜畑!
そこに、瓜屋や竹かご屋(あじか屋)、宿屋などのわざとショボくした、コント風のセットを作らせ。
歴戦の大名たちを集めて、開催したそうです。
太平記によると、主な配役はこんな感じ!
豊臣秀吉:瓜売り
徳川家康:竹かご売り(あじか売り)
前田玄以:尼僧(女装)
蒲生氏郷:お茶売り
織田有楽斎:旅の老僧
前田利家:高野聖
有馬則頼:有馬池坊という宿の主人
徳川家康のあじか売り姿が、ハマり過ぎていたり。
老僧役の織田有楽斎が、秀吉の瓜を値切りまくったり、もっと良いのを寄越せとクレーマーになったり。
体のゴツい前田玄以が、女装してしなをつくったり。
皆なかなの芸を見せたようですが…
若手の羽柴秀勝や織田信雄などは、不慣れなせいかスベりまくっていたんだとか(笑)
豊臣秀吉って魅力的!
いやー、こうして見てくると、豊臣秀吉ってやっぱり魅力的な人ですよね?
この瓜畑遊びは、朝鮮出兵で戦況が膠着状態で、思うように行かない時に開催してるんです。
戦いが全く思わしくない時に、レクリエーションを企画して、ガンガン楽しんじゃうあたり、さすが天下人ですよね?
器が全く違います!
ボクなら、思うように行かない間、ずーっとイライラして終わりですね(笑)
どんな状況のときでも、常に人を楽しませようとする余裕と精神力!
秀吉さんって、やっぱりスゲーなとつくづく感心してしまいました。
窮地に陥っても、笑いや余裕を忘れない器!
やっぱり秀吉さんって、相当魅力的な人だったのでは?
比べるのもおこがましいですが、ぜひ見習いたいものですね。